概 要
中医学では不眠症のことを「不寐症(ふびしょう)」や「不得眠」、「不得臥」などと呼んでいます。身体に備わっている睡眠のための機能がうまく働くなるために起こることが多いようです。やっかいな不眠症でも上手に対処できる方法を記載します。
不眠症とは入睡困難、早朝覚醒、熟睡障害および、全く眠れないなどを主症状とする病証です。
現代医学の不眠症および欝証、更年期障害など、睡眠障害を主症状とする疾患は、本証の弁証論治を参考に治療するとよいです。ただ、明らかな原因疾患による不眠症の場合、例えば、痛みや咳による症候性不眠に対しては、原因疾患の治療が重要です。
中医学理論によれば、人間の睡眠は心との関係が最も密接です。快眠の条件としては、”心神安定”と”神守舎”(心は神を蔵し、心は神の舎)であると考えられます。逆に”心神不安”と”神不守舎”になると不眠になります。”心神安定”と”神守舎”の条件としては、
@心の陰陽バランスを維持すること(上炎しやすい心火を抑えます)。
A心の陰陽バランスを維持するため、正常な肝・腎機能が必要です(腎陰は心火を抑える機能があります、所謂”心腎相交”です)。
B心神は充分な血液の滋養が必要です。
したがって、この三つに影響を及ぼすものは不眠症の原因となります。具体的には次の通りです。
1.肝火擾心…心神不安
ストレスや激怒などの精神活動の変化は、肝臓を損傷し、肝の疎泄機能を妨げ気欝を生じます。この気欝状態は、改善されないと火を生じやすい(化火)特徴があります。火は炎上する特性があり、これにより火が心神に影響を及ぼし、心神不安に陥ると不眠になります。
2.腎陰不足…心火亢進(心腎不交)
加齢、房事過多、慢性疾患などにより、腎陰を損傷して腎陰(水)不足に陥ると、心火を制約する作用が弱くなり、ために心火が亢進して心神がその影響を受け不眠になります。
3.胃腸不和…痰熱擾心
食生活の不摂生により胃腸を損傷し、胃腸不和から食滞を来たし、これが改善しないと痰熱を生じる場合があります。この痰熱が心神に影響を及ぼすと不眠になります。
4.心脾両虚…心神失養
過度の思慮や心労などは直接心血を消耗するほか、脾を損傷しやすいです。脾を損傷すると気血の生成に支障を来たし、気血両虚となります。ために心神をうまく栄養できず、心神不安に陥って不眠になります。
弁証論治
本証の弁証論治のポイントは、実証の不眠と虚証の不眠との鑑別です。実証は肝火、胃腸不和に属します。虚証は陰血不足に属し、心・肝・脾・腎と関係が深いです。臨床では実証と虚証とが混在する場合があり、したがって重鎮安神薬と養心安神薬を併用することが多いです。
治 療
不眠の他にこれといった症状の無い方に酸棗仁湯を使用します。各症状に効果が薄い場合は酸棗仁湯を合方します。
●急性の不眠の場合
急性に発生した次の症状がある方は、証の判定をして下さい。
・なかなか寝つけない
・眠っても夢をよくみる
・すぐ目が覚める
症状による判定(以下3つの症状を判定して証を導いて下さい)
1.
・悶々とする
・胸が熱苦しい
・焦躁
・動悸
・口が苦い
・舌尖が痛む
・口内炎
上記症状が強い場合 → 心火 »
2.
・あれこれ考えてしまう
・怒りっぽい
・目の充血
・頭痛
・耳鳴り
・胸脇部が脹って苦しい
上記症状が強い場合 → 肝鬱化火 »
3.
・腹満
・げっぷ
・腹痛
上記症状が強い場合 → 胃気不和 »
●慢性の不眠
症状による判定(以下6つの症状を判定して証を導いて下さい)
1.
いらいらして寝つけない
1.1
・夜中に驚いて目が覚める
・夢をよくみる
・口が苦い
・吐き気
・嘔吐
・痰が多い
・胸苦しい
上記症状が強い場合 → 痰熱擾心 »
1.2
・眠りが浅い
・すぐに目が覚める
・怒りっぽい
・ゆううつ
・ため息
・顔色につやがない
・胸脇部が脹って苦しい
・月経不順
上記症状が強い場合 → 肝気鬱結 »
2.
・眠りが浅い
・夢をよくみる
・よく目が覚める
・動悸
・もの忘れ
2.1
・食欲不振
・疲れやすい
・倦怠感
・日中に眠い
上記症状が強い場合 → 心脾気血両虚 »
2.2
・焦躁感
・体の熱感
・頭面部のほてり
・口内炎
上記症状が強い場合 → 心陰虚 »
3.
・夜通し眠れない
・何度も寝がえりをうつ
3.1
・焦躁感
・動悸
・口内炎
・体の熱感
・咽の渇き
・腰や膝がだるく無力
上記症状が強い場合 → 心腎不交 »
4.
・恐くてひとりで眠れない
・すぐに目が覚めておびえる
4.1
・ビクビクして驚きやすい
・元気がない
・動悸
・落ち着かない
上記症状が強い場合 → 心虚胆怯 »
使用漢方薬
次の漢方薬が、不眠症に対してよく効く可能性が高いです。
処方名:酸棗仁湯
備 考
中医学による睡眠のメカニズム
中医学では、生命活動のメカニズムを「陰陽」と「気血水」という独特な理論で説明します。これらのバランスと睡眠とは、次に述べるように密接な関係があります。
@陽盛則悟、陰盛則緑
陽が旺盛になれば目覚め、陰が旺盛になれば眠るという意味です。
まず、陰陽について説明していきましょう。中医学では「活動的・明瞭・温熱-上方」といった火のような特徴のあるもの(昼・気など)を「陽」と呼びます。反対に「静寂・暗黒`寒涼-下方」といった水のような特徴のあるもの(夜など)を陰と呼びます。陰陽のバランスをとることが健康のための重要なポイントになります。
気の中でも最も動きが活発な「衛気」は、昼は体の陽の経絡(気の流れ道)を、夜は陰の経絡をめぐることによって陰陽のバランスを調えています。通常、昼は陽が旺盛なので、明るく暖かくなり、人々は活発に活動することができます。反対に夜は陰が旺盛になるので、落ち着いて眠ることができるわけです。
ところが、陽亢(熱の亢進)、あるいは陰虚(潤い不足)の人は、夜になっても陰が弱くて陽を抑制することができないので、落ち着いて眠れなくなります。
A陰陽相交則緑、陰陽不交則不眠
陰陽が互いに交流していると眠ることができますが、そうでないと不眠になるという意味です。体の陰陽の調節ポイントは、心(火)と腎(水)のバランスを調えることにあります。
五臓(肝・心・脾・肺・腎)の中でも体の上部にあり、動きが活発な心は陽に属し、火の特徴を持っています。また、腎は比較的下部にあり、水分の代謝に関わることから陰に属し、水の特徴を持っています。
正常な場合は、心の火が下降して腎の水を温め、凍りつかないようにする一方で、腎の水は上昇して心の火が燃え過ぎないように抑制しています。しかし、心の火が強くなり過ぎたり、腎の水が不足して心の火を抑制できなかったりすると、体は陽に偏って眠れなくなります。
他に、血(血液)や水(水分)が停滞してできた痰湿(停滞した水分)や瘀血(流れが悪くなった血液)が、心と腎の交流を邪魔しても不眠になります。心と腎の正常な交流ができていない状態を「心腎不交」と言います。
B精気血養神則眠、神失所養而不眠
ここでいう神は精神のことです。体に精気(エネルギー)や血が充実し、栄養が行き渡って神を養うことができれば眠れるが、そうでない場合は不眠になるという意味です。極度の肉体的、精神的な疲労も不眠の原因になります。