生薬解説大茴香だいういきょう

生薬解説 大茴香

中国における薬物の応用の歴史は非常に古く、独特の理論体系と応用形式をもつに至っており、現在では伝統的な使用薬物を「中薬」とよんでいます。

中薬では草根木皮といわれる植物薬が大多数を占めるところから、伝統的に薬物学のことを「本草学」と称しており、近年は「中薬学」と名づけています。

中薬学は、中薬の性味・帰経・効能・応用・炮製・基原などの知識と経験に関する一学科であり、中医学における治療の重要な手段のひとつとして不可分の構成部分をなしています。

【大分類】その他

【学 名】…Illicium verum

【別 名】…八角茴香、トウシキミ(唐樒)、八角、スターアニス

 概 要

中国原産のシキミ科の常緑高木です。花は赤褐色で果実は香辛料になります。
●小茴香と似ていますが、薬効が劣ります。
●薬用よりもおもに香辛料として用います。
●日本薬局方では、トウシキミまたはウイキョウ(茴香:Foeniculum vulgare)の果実から得られる精油を区別なくウイキョウ油としています。 ●生薬名は大茴香で、杜仲と木香とを配合した思仙散は腰痛に用いる漢方薬です。


 生薬生産地

中国地図 【中国産地】…広西省南部
【その他産地】…ベトナム北部、インドシナ、南インド


 処方と調合

思仙散


 伝統的薬能

薬物の治療効果と密接に関係する薬性理論(四気五味・昇降浮沈・帰経・有毒と無毒・配合・禁忌)の柱となるのが次に掲げる「性・味・帰経」です。

生薬中薬)の性質と関連する病証
性質作用対象となる病証

寒/涼

熱を下げる。火邪を取り除く。毒素を取り除く。

熱証陽証陰虚証。

熱/温

体内を温める。寒邪を追い出す。陽を強める。

寒証陰証陽虚証。

熱を取り除き、内部を温める2つの作用をより穏やかに行う。

すべての病証。



【用 途】…タミフルの原料
オセルタミビル(Oseltamivir)は、インフルエンザ治療薬。オセルタミビルリン酸塩として、スイスのロシュ社により商品名「タミフル(Tamiflu)」で販売されている。日本ではロシュグループ傘下の中外製薬が製造輸入販売元となる。A型、B型のインフルエンザに作用する(B型には効きにくい傾向がある)。C型インフルエンザには効果がない。トリインフルエンザはA型であり、H5N1型の高病原性トリインフルエンザにもある程度有効との研究結果が報告されている。
オセルタミビルは従来、中華料理で香辛料に使われるトウシキミの果実である八角の成分シキミ酸を原料に、10回の化学反応を経て生産されていた。なお、オセルタミビルとシキミ酸は全く構造が違う化合物であるので、八角を食べてもインフルエンザには全く効果がない[要出典]。2006年にはロシュ社はシキミ酸のうち1/3程を遺伝子組替え大腸菌による生合成で量産している。

【学 名】…Illicium verum

【注 意】…近縁のシキミ(Illicium anisatum)は日本に自生し、仏事に使うため寺院にも植えられます。花は淡黄色。実はトウシキミによく似ていますが、猛毒成分アニサチンを含むため口にすると危険です。


 生薬の画像

【基原(素材)】…モクレン科Magnoliaceaeのシキミ属植物Illicium verum Hook.f.(Illiciaceae/シキミ科)の果実(トウシキミ)。

八角


大茴香の花


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 方剤リンク


生薬 生薬は、薬草を現代医学により分析し、効果があると確認された有効成分を利用する薬です。 生薬のほとんどは「日本薬局方」に薬として載せられているので、医師が保険のきく薬として処方する場合もあります。


中薬・中成薬 中薬は、本場中国における漢方薬の呼び名です。薬草単体で使用するときを中薬、複数組み合わせるときは、方剤と呼び分けることもあります。
本来中薬は、患者個人の証に合わせて成分を調整して作るものですが、方剤の処方を前もって作成した錠剤や液剤が数多く発売されています。これらは、中成薬と呼ばれています。 従って、中国の中成薬と日本の漢方エキス剤は、ほぼ同様な医薬品といえます。


 詳 細

「トウシキミ」の果実は8個の袋果からなる集合果で、八角形のスター星形をしている。中華料理の香辛料として有名な「八角」の名称は、この果実の形に由来する。「八角」は、香辛料「五香粉」の一味にもなっている。五香粉は、中国料理に欠くことのできない重要な香辛料で、「八角」、「花椒」、「胡麻」、「桂皮」、および「陳皮」の5味からなっている。 「花椒(ホワジョウ)」は、中国各地に自生し、栽培されているミカン科植物「カホクザンショウ」(Zanthoxylum bungeanum)の果皮が使われる。カホクザンショウは、日本のサンショウと同属植物であるが、果実は、サンショウの果実よりも、粒が大きく果皮が赤い。果皮が完熟して赤みを帯びてくると、外皮が二つに割れ、中から種子がのぞく。この種子を除いて、果皮をスパイスとして利用する。花椒はサンショウに似た芳香と辛味があるが、花椒のほうが、強い香りや辛味がある。なお、英名では、"Chinese pepper"と呼ばれている。「八角」には、「ウイキョウ」や「アニス」によく似た芳香がある。このことから、「トウシキミ」は、「大茴香(ダイウイキョウ)」とか「八角茴香」あるいは「スターアニス(Star anise)」と呼ばれている。しかし、セリ科である「ウイキョウ」や「アニス」とは科を異にしており、植物学的な類縁性は全くない。 市販されている「八角茴香」(ハウス食品製造)の説明書には、次のように記されている。すなわち、八角茴香は、甘い香りを持つ東洋のスパイスです。豚肉や川魚の臭みを消すので、中国料理には、欠かせません。豚の角煮、魚の揚げ物、杏仁豆腐のシロップの香り着けなどに使います。香りが強いので、小片1~2片でよい、と。「八角」は、また、薬用にも使われる。胃腸の働きを活発にし、新陳代謝を高める効果があると言われている。駆風、胃弱、風邪、咳止めなどに使われる。駆風薬というのは、胃腸内にたまったガスを排出させ、ガスによる圧迫感を除く薬物のことをいう。おもに精油や辛味成分を含む生薬などが用いられる。芳香をもち,刺激性のある物質は,嗅覚と味覚を介して反射的に、または直接胃粘膜を刺激し、胃の分泌機能を促進したり、胃腸管の運動を亢進する。胃腸管の運動の亢進により,たまったガスは体外に排出される。 トウシキミの果実には、5~8%の精油が含まれている。この果実を水蒸気蒸留して得られる精油は、「大茴香油」と呼ばれる。アニス実風の調味料として飲み物やリキュールに入れられる。また、香水やポプリに独特なアクセントをつけるのに使われたりしている。「大茴香油」の主成分は、「アネトール」(Anethole)である。その80~90%までが、この成分で占められている。アネトールは、また、「ウイキョウ」や「アニス」の精油の主成分でもある。トウシキミの果実に、ウイキョウやアニスによく似た芳香があるのは、このことが原因である。 「トウシキミ」の学名 "Illicium"には、「誘惑する」、"verum"のには「本物の」という意味がある。この植物のもつよい匂いから命名されたものである。「トウシキミ」と同属の「シキミ(樒)」は、日本では仏事に使われるので、なじみ深い。その果実は、トウシキミの果実と区別がつかないほどよく似ている。香りも、アネトールに起因する甘い芳香で、区別がつかない。従って、「八角」として利用できるのではないかと錯覚してしまいそうになる。しかし、シキミの果実は、トウシキミと異なり、有毒で食べられない。誤って食べると、嘔吐、下痢、呼吸障害、循環器障害などの中毒症状を起こし、血圧上昇、昏睡状態で、死に至ると文献に記載されている。 「シキミ」という和名は、初め、果実が有毒であることから、「悪しき実」と呼ばれていた。それが転化して「アシキミ」→「シキミ」と呼ばれるようになったといわれている。シキミの果実や葉には、「アニサチン(Anisatin)」など数種の有毒成分が含まれている。中国でも"Mad herb"と呼ばれているそうである。アニサチンは、呼吸興奮、血圧上昇、けいれん作用などを引き起こす。 「トウシキミ」は中国南部からベトナム北部に分布する。しかし、日本では見られない。一方「シキミ」は日本に広く分布し、また古くから利用されてきた。このように日本人にとって、なじみ深い植物である。英名で、"Japanese star anise" と呼ばれるのも、この故と思われる。「シキミ」の学名には、リンネがつけたものと、シーボルトがつけたものがある。シーボルト命名の "Illicium religiosum Sieb. et Zucc."の"religiosum"には「宗教的な」という意味がある。 シーボルトは、日本に滞在中、この植物が仏事と縁が深いことを知り、このように命名したのではないかと思われる。一方、リンネが命名した "Illicium anisatum L. "は、「アニスに似た香り」からつけられたものである。リンネが日本でどのような使われ方をしていたか知らなっかたから当然といえる。 Eijkmanは、1885年シキミの果実から芳香族アミノ酸の前駆物質として重要な「シキミ酸(Shikimic acid)」を発見した。この成分名に、この植物の和名「シキミ」を用いて命名したことは、非常に興味深いことである。「シキミ酸」は、シキミの果実中に風乾量の約25%、葉には生重の約0.5%含まれている。シキミ酸は、また、タンニンの主要成分である没食子酸の前駆体でもある。


生薬陳列

 生薬の書物の歴史

1.【神農本草経】(西暦112年)
中医薬学の基礎となった書物です。植物薬252種、動物薬67種、鉱物薬46種の合計365種に関する効能と使用方法が記載されています。
神農本草経

神農神農:三皇五帝のひとりです。中国古代の伝説上の人といわれます。365種類の生薬について解説した『神農本草経』があり、薬性により上薬、中薬、下薬に分類されています。日本では、東京・お茶の水の湯島聖堂 »に祭られている神農像があり、毎年11月23日(勤労感謝の日)に祭祀が行われます。



2.【本草経集注】(西暦500年頃)
斉代の500年頃に著された陶弘景(とうこうけい)の『本草経集注(しっちゅう)』です。掲載する生薬の数は、『神農本草経』(112年)の2倍に増えました。 本草経集注(しっちゅう)
松溪論畫圖 仇英(吉林省博物館藏)
松溪論畫圖 仇英(吉林省博物館藏)

陶弘景(456~536年)は、中国南北朝時代(420~589年)の文人、思想家、医学者です。江蘇省句容県の人です。茅山という山中に隠棲し、陰陽五行、山川地理、天文気象にも精通しており、国の吉凶や、祭祀、討伐などの大事が起こると、朝廷が人を遣わして陶弘景に教えを請いました。
そのために山中宰相と呼ばれました。庭に松を植える風習は陶弘景からはじまり、松風の音をこよなく愛したものも陶弘景が最初です。
風が吹くと喜び勇んで庭に下り立ち、松風の音に耳をかたむける陶弘景の姿はまさに仙人として人々の目に映ったことでしょう。



3.【本草項目】(西暦1578年)
30年近い歳月を費やして明代の1578年に完成された李時珍(りじちん)の『本草項目』です。掲載する生薬の数は、約1900種に増えました。
『本草綱目』は、1590年代に金陵(南京)で出版され、その後も版を重ねました。わが国でも、徳川家康が愛読したほか、薬物学の基本文献として尊重され、小野蘭山陵『本草綱目啓蒙』など多くの注釈書、研究書が著されています。
本草綱目は日本などの周辺諸国のみならず、ラテン語などのヨーロッパ語にも訳されて、世界の博物学・本草学に大きな影響を与えています。
本草項目
儒者・林羅山(1583~1657年)の旧蔵書

李時珍 李時珍(1518~1593年)は、中国明時代(1368~1644年)の中国・明の医師で本草学者。中国本草学の集大成とも呼ぶべき『本草綱目』や奇経や脉診の解説書である『瀕湖脉学』、『奇経八脉考』を著した。
湖北省圻春県圻州鎮の医家の生まれです。科挙の郷試に失敗し、家にあって古来の漢方薬学書を研究しました。30歳頃からあきたらくなって各地を旅行し調査したり文献を集めたりはじめます。ついに自分の研究成果や新しい分類法を加え、30年の間に3度書き改めて、1578年<万暦6年>『本草綱目』を著して、中国本草学を確立させました。
関連処方李時珍、生家にて »



4.【中医臨床のための中薬学】(西暦1992年)
現在、私が使用している本草の辞典です。生薬の記載個数は、約2,700種に増えました。
神戸中医学研究会の編著です。
中医臨床のための中薬学


区切り
ハル薬局

【薬用部分】…果実

 成 分

実には精油5~10%を含み、その主成分はアネトール(80~90%〉であり、その他エストラゴール、メチルカビコール、シネオール、リモネン、フェランドレン、ピネンなどが知られている。

また、成分のひとつであるシキミ酸はインフルエンザ治療薬タミフルの合成原料のひとつとして使用されているが(2006年現在)[3]、直接果実を食べてもインフルエンザには効かない。


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