漢方薬 中医師 漢 方

生薬;生薬というのは、薬効のある自然物、多くは草根木皮です。ジギタリスはヨーロッパ生薬から抽出されています。エフェドリンは麻黄(まおう)という生薬から、サルチル酸は柳の枝、モルヒネやパパべリンがケシの実からです。生薬の薬効は、何千年もの間にわたって大勢の人々がのんで経験し、その安全性が確かめられています。しかも、その経験はラットやマウスなど動物実験でなく、貴重な人体の経験です。従って、効果のないものや副作用のあるものは自然淘汰され、現在ではほとんど使用されていないのです。

これらの生薬は味によって薬効別に分類されています。これは素晴らしい生活の知恵で、人間の味覚を使って、酸(さん)・苦(く)・甘(かん)・辛(しん)・鹹(かん=塩辛い)の5つに分類され、それぞれの味に薬理作用があることを発見し、経験的に、あるいは統計的に生薬の味がどの臓器に作用するかを決めているのです。
漢方薬というのは、こうした生薬を2種以上組み合わせ(例外的には1種類のみの場合もある=甘草湯)、生薬それぞれの薬効を生かすだけでなく、相乗作用をさせることを目的とし、また、生薬の毒性を軽減させるために配合されたものです。この生薬の配合は紀元200年頃に著された、漢方の原典『傷寒論(しょうかんろん)』や『金匱要略(きんきようりゃく)』などに定められているのです。
そして、その生薬1つの中にもさまざまな化合物が含まれていますが、その複合作用で微妙なハーモニーを作り出し、そのハーモニーに基づく薬の効果も1つひとつ科学の目で解明されつつあるのです。
そこで一例を紹介しましょう。『生薬製剤』で体が温まる実験を試みたのです。これは「冷水負荷試験」といって、サーモグラフィ(温度の高い部分はオレンジや赤で、低い部分は青や緑で表示される)を使って、同一人物の手の温度がどう変るかをみる方法ですが『生薬製剤』をのんだ後のほうが被験者全員(20代〜60代の男女14名)の末梢血行が良くなりました。これはあきらかに生薬の力で血行が促進されたことを如実に物語っているということです。
他にもいろんな実験で生薬の力を確認することができたのです。

では次に“生薬の特性”をみていきましょう。
まず、漢方の生薬には「上薬(上品)」「中薬(中品)」「下薬(下品)」の3つのタイプがあり、「上薬」というのは、西洋薬のような特効薬的な効果はないものの、毎日摂取して体質を強化するなどの効果があり、他の薬による副作用を軽減するのです。

「中薬」は少量か短期間なら毒性がなく、穏やかな作用で、病気を水際で阻止します。
「下薬」は病気を治す作用は強いものの、摂取量や期間に十分配慮する必要があり、西洋薬によく似たタイプの生薬といえるのです。
実際に、「下薬」の中には西洋医学的な実験で作用を確認できるものがかなりあり、例えば、大黄(だいおう)に含まれるレインという物質には特殊な抗菌作用(殺菌的作用)があり、附子(ぶし)に含まれるアコニチンには鎮痛・抗炎症作用があります。
漢方では西洋薬的なタイプの生薬=「下薬」を“格が低い薬”とし、「上薬」や「中薬」のようなタイプを上位にランクしているのは、作用の強さよりも“副作用の危険性が少ない”ことを重視しているためです。
つぎに、生薬の性能(薬性)を、病気の性状や勢い(病勢)に対応させるものとして、次の4つに分けています。

温(熱)性薬=からだを温め、新陳代謝を盛んにする薬
寒(涼)性薬=炎症を取り去り、興奮をしずめる薬
補性薬=からだを補い、強化する薬
瀉性薬=からだに入りこみ、蓄積した余計なものを体外に排出する薬

温(熱)性薬は、寒証(からだや病気が萎縮的・衰退的・虚弱体質的な状態)の人に用いると顔色をよくし、虚弱体質を治すが、熱証(からだや病気が興奮的・亢進的・炎症的な状態)の人に用いると、一層興奮させ、炎症を悪化させます。
寒(涼)性薬は、熱証の人に用いると興奮をしずめ、炎症に対しても消炎的に作用するが、寒証の人に用いると一層冷え症にし、虚弱体質も悪化させます。
補性薬は、虚証(体力が虚弱で、病気に対する抵抗力の弱い状態)の人に用いると体力を充実させ、病気に対する抵抗力を高めるが、実証(体力が充実すると共に、排除されるべき病毒も充満していて、病気と力強く戦っている状態)の人に用いすぎると、痰をふやしたり、便秘を強めたりします。
瀉性薬は、実証の人に用いると、からだに入り込んだり、蓄積した余計なものを除き、病気を軽快するが、虚証の人に用いすぎると、ますます体力が衰え、病気に対する抵抗力も低下します。

熱証を治すには、寒(涼)性薬を用いる
寒証を治すには、温(熱)性薬を用いる
実証を治すには、瀉性薬を用いる
虚証を治すには、補性薬を用いる

これが漢方治療の原則といえます。
以上のことを具体的に1つの処方で補足すると、たとえば、日本で昔から「漢方薬の代名詞」的存在である葛根湯は、かぜの初期で、悪感・発熱・頭痛・関節痛があり、汗がまだ出ていない状況で用いますが、体力が弱く、胃腸障害がある人やすでに発汗がおこったような場合は桂枝湯を用います。

これは配合生薬の違いで、葛根湯には、麻黄・葛根・桂枝・芍薬・生姜・黄耆・甘草が配合され、桂枝から甘草までの5つの生薬は桂枝湯(弱い発汗薬)であり、温性薬・補性薬が中心で、虚証、弱い体質向きです。葛根湯は、これに麻黄という強い発汗薬(瀉性薬)が加わり、汗の出やすい虚弱体質者(虚証)には用いられません。もう1つの葛根(薬性的には補性薬)は、鎮痛・解熱作用や筋肉のこわばりを緩和する作用があります。
このように同じかぜの症状でも、その状態に応じて、あるいは体質で、配合生薬の違った薬を使い分けるのです。